賽ノ目手帖Z

今年は花粉の量が少ないといいなあ

「EVIL HEART」(武富智)を読む

ええ~、ようやっとですね。渋谷のまんだらけで、「キャラメラ」の3巻を入手することができまして(630円と申したか)、なんとか武富智さんの作品を全部読むことができたのですよ。めでたい!
 
「キャラメラ」は雰囲気がなんとなく「敷居の住人」(志村貴子)っぽくて好きだなあ。もしかしたら武富智さんは天才なのではないかと、心ひそかに恐れていたのですが、この初期作品を読んで、そうではなかったことが確認できたことが一番の収穫でした(笑)
健やかに成長を遂げていったんですなあ。天才なんて10年に一人出てくれば充分です。個人的には五十嵐大介だけでお腹イッパイっす! 「SARU」、面白かったですね。ストーリー自体は、そう独創的というものではないのですが、その魔術的な絵的才能により、例え陳腐なストーリーであっても、えらく面白く感じられるのだなあ。その辺りは冬目景さんにも通じるものがあるかなと(笑) 「海獣の子供」も連載再開されたことですし(コミックナタリーより)、夏までに単行本が出てくれると良いっすなあ。
 
と、それはさておき「EVIL HEART」なのですが、この作品は、ワタシ的には「この恋は実らない」を最高傑作とすると、「EVIL HEART」は代表作ということになるのではないかと。それくらい入魂の作品でありました。
まず、完結に至るまでの経緯がすんごいです。Wikipediaに詳細が載ってますが、「異例」という風に表現されてますが、個人的には「前代未聞」であります(笑)
 
そもそも商業誌の場合、まず雑誌に掲載されてから単行本になるのがデフォで、「全編描き下ろし」というのは極めて稀なのですが、 ないこともないですね。
 雑誌の休刊により強制的に終了となってしまった、なるしまゆりさんの「プラネット・ラダー」。掲載誌の方針により打ち切りとなった、水樹和佳子さんの「イティハーサ」。そして同じく打ち切りとなったものの、巻きに入り過ぎの最終回のプロットを大幅に描き直して現在完全版を執筆中の「そして船は行く」(雑君保プ)など、最終巻を全編描き下ろして出版する人たちもいらっしゃいます。いずれも「物語」に対して並々ならぬ気持ちを持ってそうな人たちですね。
 
ですが「EVIL HEART」の場合、一度全編描き下ろしの4巻(気編)を出してから、3年後に完結巻を上下巻でこれまた全編描き下ろしで刊行するという、この完結への執念はただごとじゃねえ(関さんっぽく)。
こうして並べてみるとですね、雑誌連載分(1~3巻)よりも、描き下ろし分(気編+完結編)の方が分量が多いくらいなんですよ。こんなのって聞いたことないですよ。
 
マンガ家さんと〆切りというのは、政治家と汚職くらい切っても切れない関係にあるものですが、そういった〆切りとは無関係に、「ただ描く」。誰の為というものでもなく、描きたいから描く。全編描き下ろしというのは、そういう気概でやるものだと思いますが(勿論出版社側からのフォローも不可欠ですが)、3年という月日をかけて物語の完結まで描き切った武富智さんに、なんと言いますか、ありったけのマンガ家魂というやつを見せつけられました(笑)
 
そうそう、この作品の最終巻で、初めて「作者の言葉」を見ることができましたよ。さあ、今度こそ思いのたけを語ってごらん!(→■
 
お礼の言葉しか載ってねえ・・・_| ̄|○
 
「あとがき」って大好きなんですけどねえ。はい、ワタクシ、小説を読む時は、まず「あとがき」から最初に読むタイプです(笑) 結局、「作者の言葉」を残しているのは、この作品だけなのかあ。
 
おそらく、この物語は、武富智さんにとって「どうしても捨ててはおけないもの」(All That You Can't Leave Behind)だったのではないかと思います。大抵は、そういう自分にとってはひどく大切なものであっても、世間様は大事に思ってくれなくって、容赦なく打ち捨ててしまう(打ち切ってしまう)のですが(「パニッシャー」「男坂」)、実際に打ち切りという事態に遭遇して、それでもなお「EVIL HEART」という物語を見事に完結までもっていったことに対して、どうしたって安っぽくなってしまうのですが、奇跡という言葉をワタシは使いたい(笑) いやだって、こんなこと滅多にないって。
 
とまあ、ウィキペディアで完結までの経緯を読むだけで感動してしまうのですが(笑)、物語自体も、当然素晴らしかったです。
1巻と2巻は、正直戸惑ったと言いますか、作者の描こうとしてることが今一つつかめなくって、いささか当惑しながら読んでいたのですが、3巻からギアががっちり噛み合ってきて、後はもう怒濤でした(笑)
 
やはり鶴ちゃんの登場が大きかったのですな。この作品ではリフレインというのでしょうか、あるフレーズが繰り返し登場してくるパターンが多いのですが、鶴ちゃんのこのシーン( )が一番印象的でした。鶴ちゃん可愛いよ鶴ちゃん。
3巻になってから、この作者さんの持ち味といいますか、独特の資質がいよいよフルスロットルになったと思います。3巻の最終回での、右上で座礼してる主人公と、左下の2階席でカメラ目線の鶴ちゃんの配置の仕方とか、こういう空間的な描き方はひどく好きだなあ(笑)
23話の、梅の告白を聞く鶴ちゃんの顔と目線が梅と微妙に食い違ってるコマとか、こういう描き方は女性マンガ家さんらしいなあと。口で上手く言えないのですが、とにかく好きです(笑)
 
話は違いますが、鶴ちゃんのこう、鬱陶しい前髪と無造作に後ろに縛った髪型って、どっかで見たことがあるんだよなあと1週間くらい悩んでいたのですが、思い出しましたよ、アウローラですよ。誰だ?ってピーノに懐いてた女の子ですよ。と久し振りに「ガンスリンガー・ガール」(相田裕)を読んでみましたが、あれ、あんまり似てないじゃんと。すみません、それだけっす。
 
話を戻しまして、3巻のこの盛り上がりで打ち切りというのは確かにひどい話で、このまま3巻で終了となると、これは勿体ないオバケが出ますよね、なのですが(笑)、続刊の「気編」と「完結編」は、3巻以上に盛り上がる展開となっており、美味しくって栄養満点の料理をたらふく食べさせてもらったような心地でした。ですから今「これがマンガなんだよ!」と自慢したくてしょうがないワケなんですよ(笑)
 
前に話しました手法(リフレイン)、「本気で誰かを守りたいなら、一人で背負うなんて甘い事考えるな」「絶対不敗とは絶対争わない事」「合気道の本番は生まれて死ぬまで」といった言葉が、まるで音楽のように繰り返し語られ、様々に輻輳していき、そして最後には一つの解決へと導かれていく。これは「蒼天航路」(王欣太)でも散発的に使われていた手法ですが、これが大変効果的に物語を盛り上げているのですね。
 
また描き下ろしの方の単行本の折り返しには、それぞれ作中での印象的な言葉が載っているのですが、「側にいる 見知らぬ誰かすら 思いやれば」という言葉だけは、作中にはないですよね。引用なのかしらん。
「誰かすら」ではなく、「誰かさえ」が正しいような気もするのですが、こういう言い回しだからこそ、かえって深く印象に残ります。
 
主人公の梅が、その主調低音として鳴り響いている言葉は「お前なんかぶっ殺す」という物騒なものなのですが、作者のあからさまな画力の向上により、1巻でのこの殺意が(→■)、最終巻ではここまでに成長しています(→■)。すげえ、ほとんど「シグルイ」(山口貴由)に近いぜ。でも梅が兄貴をぶっ殺すために教えてもらった武道が合気道で本当良かったよ。愚地独歩センセイに殺人空手を習ってたら、お兄さんが恥骨粉砕とかエラいことになってましたよ。
 
冗談はともかく、多分この主人公の「殺意」をどう描き切るのかが、作者にとって一つの大きなテーマではなかったのではないかと思うのですが、最終巻でのこの描きっぷりを見るに、打ち切りとなって結果的に、完結するために〆切りを気にせず5年という歳月を与えられたことは、むしろ神の配剤だったのでは・・・いやこれも当事者でないからこそ言えることですね。ピンチをチャンスにするんだ! 気楽なモンですよ(笑)
 
この「殺意」(=邪心)に、どう立ち向かっていくのか。「お前らのキレイ事じゃどうにもなんねー事だってあんだよ!」という阿部くんにどう答えるのか。「邪心はいつも心の純粋さから生まれる」という河田先生の言葉は、そのまんま「EVIL HEART」の主題となっておりますが、これはある意味、武富智センセイの全作品に通じるテーマではないかと思います。この作品ではそれがもっとも前面に現れているのではないかと。だから代表作にならざるを得ないのですね(笑)
 
この作品の主人公は梅なのですが、各巻ごとにそれぞれ別のメインキャラを押し立てている構成になっており、2巻は阿部くんで3巻は鶴ちゃんとすると、「気編」のメインキャラはダニエル先生になると思いますが、正直言いますと、一番感動したのは「気編」かもしれないです(笑)  これが描きたかったんですね、武富センセイ!
 
なるしまゆりというマンガ家さんの作品に、「少年魔法士」という作品があるのですが、8巻で、ナギというキャラがこんな風に語ってるんですよ(→
 
人間の子供は生まれた時がさらっぴんで
泣いて生まれてどんどん傷ついてく
あんなにもろくて 傷つきやすいココロも
ないくらいだ

どうして こんなふうにできてるんだろうと
思うくらい 本当に傷つきやすい
私なりに考えてきたが どうしてかっていうと・・・

多分 理由があるんだな
意味もなく そう出来てるわけじゃないと思うぞ
私は人間じゃないけれど 多分
あの痛みはこの為にあったんだと思う瞬間は
・・・私にさえあるんだから 
 
ディスイズこれがなるしまゆり。クサいセリフを描かせたら、この人の右に出るものはないと思うのですが、「気編」のラストは、まさにコレでした(笑) ああ、こういうのには、本当に弱いな。
 
と、そろそろ字数制限がアヤしくなってきましたので、お仕舞いにしますが、今年になってつくづく思うのは、「俺ってば実にマンガ運が良いなあ」ということ(笑) いやいや、本当に今年に入ってから良いマンガばっかり出会ってますよ。マンガの神様に感謝です(笑)
 
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