賽ノ目手帖Z

今年は花粉の量が少ないといいなあ

少年の夢

麻生太郎氏の失言ネタはもはや芸術的

なんでそこでナチスを例に出すかなあ。お祖父さんの吉田茂氏も数々のネタを提供していたものでしたが、お孫さんもなかなかのなかなかだよー。この人は憎めないなあ。
それはともかく、8月である。8月となるとどうしても昔のこと、戦争のことを考えてしまう。本当はいつも考えなくてはいけないんでしょうけどね。

明治初年から昭和20年までの日本の流れは、「Boys, be ambitious(少年よ、大志を抱け)」に始まり、「Japanese would be like a boy of twelve(日本人は12歳の少年のようだ)」に終わった、と見るのはあまりに大雑把過ぎるだろう。だが、あの時代の熱情はまさに少年のそれではなかっただろうか。

それを言葉にするならば、「尊王攘夷」と「富国強兵」になるだろう。前者は決意であり、後者は実践だ。
インドはイギリスの手に落ち、中国は阿片に侵され、アジアは欧米諸国によってボロボロにされている。だからって、俺たちもイギリス人やロシア人の尻をペロペロ舐めて屈従しろってのか? それでいいのか?

尊王攘夷」というのは、「俺たちは絶対に屈服しない」という少年らしい決意だろう。他のアジア諸国はあるいは屈服するかもしれない。でも日本は、日本だけは自主独立を守る。守るだけの理由があるのだ。そのために日本人はシグルイ(死狂い)になって富国強兵に取り組んだ。

昭和20年、敗戦。大志は破れた・・・かに見えた。
尊王攘夷」が、多くの人の血を吐くような思いで生まれた言葉であるように、「平和憲法」も、幾多の血の吐くような思いで生まれた言葉だ。

12歳の少年は少し大人になった。

14歳の少年は澄まし顔で大人たちにこう言ってのけた。
「僕たちは誠実に平和を希求するあなたたち大人を見習って、戦争を永久に放棄します」
「お、おう」
戦争する気満々の大人たちはちょっと狼狽えた。

「断固として他国に屈服しない」という決意から、「断固として他国を屈服させない」という決意への移行。だがこれは同じことだ。同じではないか。不可能性への挑戦。若者の特権だ。

あれから数十年が経ち、少年はまた少し大人になった。
 
日本を「普通の国」にしようとする人たちがいる。こんな子供っぽい憲法は嫌だ。もっと「大人な憲法」がいいと言う人たちだ。脂ぎったオヤジどものセリフだ。冗談じゃねえよ。おっさんはノーパンしゃぶしゃぶ(死語)でも脂下がって食ってろよ。
 
今また、僕たちが岐路に立っていることは間違いないだろう。ここはもう一度、幕末~明治初頭の頃に立ち返ってみるのも良いかもしれない。戦前ではまだ浅い。江戸時代は遠過ぎる。僕たちが「僕たち」になったのは明治になってからではないだろうか。
 
今度は「16歳の少年」として、より少し大人になった、少年らしい決意を見せる時だ、と思う。

尊王攘夷(自主独立)は遂行する』、『平和憲法戦争放棄)も守る』 。
「両方」やらなくっちゃあならないってのが「16歳」の辛いところだな。
覚悟はいいか? オレはまだです。

もうちょっと待ってくれ。とりあえず憲法改正大反対ってことで!