賽ノ目手帖Z

今年は花粉の量が少ないといいなあ

「言われている」ことの正しさではなく「言う」ことの正しさ

こちらの記事の続きみたいなものです。

「言われる」ことの正しさではなく「言う」ことの正しさを、というテーゼに深く心を動かされたのですが、前者はつまるところ「揚げ足取り」というもので、そんなのはどうでもよく、後者の正しさをこそしっかりと問うていかなければならない、そういうことだろうと、やや牽強付会な解釈をしました(笑)

「言う」ことの正しさは論証不能であり、その根拠は自身の裡にある。そこだけを見つめれば良いのであって、それ以外は余計だ。
論語にある「一を以って之を貫く」というのはそういうことじゃないかなと。「」がなんなのかというのは問わなくていい。ただそれが在ることを信じて貫けば良い。

こう、言葉にしてしまうとどうしようもなく薄っぺらくなってしまうのは、ひとえにワタシの人間の浅薄さゆえなのでございますが、上野修さんの「スピノザ『神学政治論』を読む」を読んで、今まで漠然と思ってた正しさというものの正しい追い求め方と言うのでしょうか、こういう道筋でいいんだみたいな、眼前の景色がぱあっと明るくなる思いでした。

結局、こういうのは自分自身がひとつずつ納得して押し進めていくしかないんだなあと。これ以上言葉にすると果てしなくチープになっていくばかりですので、もう止めます~。



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