賽ノ目手帖Z

今年は花粉の量が少ないといいなあ

劉備玄徳

「AD ASTRA」は、買いに行った日に‘西鉄バスジャック事件’が起きた事を覚えてますね。女性客を置き去りにして自分だけ逃げた卑怯なジジイに憤りを覚えましたね。

JUDUS/CRISTさんの記事のコメントにあった言葉で、「ネオ麦茶だっけ? そういえばそんな事件があったなあ」と、少しくネットで調べてみたのですが、その中で「バスを乗っ取ったときは三国志に登場する英雄で、憧れの劉備になったような気分だった」という犯人の供述があり、なんともイヤな気持ちになった。よりによって劉備かよ!

そこは普通、董卓とか呂布とかだろう、社会常識的に。控え目に言っても曹操くらいで勘弁していただきたいところなのですが、そういえば明治天皇三国志の英雄豪傑の中では、張飛が一番好きだったそうで、これもまた「よりにもよって張飛かよ!」という気がしなくもない。

張飛という人は、「とんだロリコン野郎だぜ」とか、「あの張コウを破ったんだから実は結構な名将なんじゃね?」とか、近年色々な評価をされているお方ですが、ここはごく単純に勇猛果敢な飛を明治天皇が好んだという点が面白いなと思います。西郷隆盛の教育が見事に実を結んだと言えましょうか。

泣き虫弱虫諸葛孔明」の著者、酒見賢一が「中国雑話 中国的思想」という、これまた小説に勝るとも劣らぬ興味深いエッセイ集を出しているのですが、冒頭の言葉が「思うに劉備がいちばんわるい」ですから、劉備好きにはたまりません。あ、ちなみにワタシは蜀オタです。

 思うに劉備がいちばんわるい。
この人さえいなかったら後漢末動乱期(所謂、三国志)はもっと平和に推移していたに違いないとふと考えているときがある。
私は今書いている小説の必要上、後漢末動乱期の資料、研究書を渉猟している最中なのだが、劉備という人にはときどきやりきれなくなるのである。
三国志』の頭目は言わずと知れた曹操孫権劉備三者であるが、敢えて意地悪な評語をつけるとすれば、曹操は軽薄、孫権は陰湿と言えるのだが、劉備については何と言うべきかすぐに浮かばない。

蒼天航路」(王欣太)でも、孔明の手下の爺さん2人組に散々ツッコまれてたものですが、「劉備を描きながら、快と不快が入り交じり胸が痛くなった」(20巻のあとがき)という、劉備のその気味悪さに、西鉄バスジャックの犯人が敏感に反応した、というのならなかなか大したものだと思いますが、まあそれはないでしょう。董卓でもなく曹操でもなく、みんなから好かれ崇拝される劉備に憧れていた、というのがなんともやり切れない話です。BGMは憧れられたいですよ。

それはともかく、「中国雑話 中国的思想」の「一、劉備」では、曹操の軽薄と孫権の陰湿が簡潔に語られているのですが、とりわけ曹操がいかに軽薄であるかの語り口が面白いです。官渡の戦い曹操自らが兵を率いて烏巣を襲撃したことについて、

これは、たとえていえば日露戦争で日本軍が数倍するロシア軍の圧力を必死に支えていたとき、総司令官の大山巌が一大隊を率いて大外回りに奉天を直撃するようなものであり、取り返しのつかないギャンブル、発案以前に没となっていよう問題である。しかし誰が止めようが曹操という人は自らすることが大好きなのである。己の基盤を盤石にするよりも自らの冒険行為が優先なのだ。赤壁の戦いしかり。涼州征伐に向かったおりも、不慣れな土地であるにもかかわらず、好んで前線で作戦指揮を行い、馬超の猛攻を受けて危うく戦死するところであった。音に聞こえる猛者と腕比べがしたかったという気分が濃厚である。

この曹操の軽薄な行動は、劉備のそれと比べた場合、はるかに爽快さが感じられ、今では劉備よりも曹操を贔屓にする人が多いだろうなあと思う所以でありますが、蒼天航路のこの曹操のはしゃぎぶりとか、見事に曹操の「軽薄さ」を描写していたものだと改めて感心します。
作者さんは連載開始当初は、三国志については、諸葛孔明の名前だけはなんとか知っていたという程度の知識しかなかったそうですが、こういった描写力、その人物の本質を見極める勘の良さ(あくまでマンガ的に)といったものは、知識以前の問題なんだなあと改めて思います。いつか王欣太以上の才能を持ったマンガ家さんが三国志マンガを描いてくれるといいですねえ。

こういった曹操の軽薄さをかえりみるに、個人的にどうしてもU2というバンドのヴォーカル担当の、ボノという人を思い浮かべてしまうのですが、それはたとえば「曹瞞伝」にある曹操像、

曹操は軽薄な人柄で、威厳に欠けていた。音楽が好きで、いつも役者を側にはべらせ、昼も夜も遊び暮らしていた。薄い絹の服を着用し、腰には小さな皮の袋をぶら下げ、ハンカチや小物を入れていた。ときには、ふだんの冠をつけたまま賓客に会ったりもした。人と議論するときは、冗談まじりにしゃべりまくり、思ったことをそのまま口にした。上機嫌で大笑いしたはずみに、頭を卓上に突っ込んで、頭巾を食べ物でべとべとに汚してしまったこともある。その軽はずみな振る舞いは、かくのごとくであった。

こういうのを読むと「ボノさんだなあ」と思ってしまうのはU2ファンのサガというものでありましょうか。
チビで女好きで軽薄で囲碁の腕は一流。「宦官の孫」というコンプレックスがあり、時に苛烈な行動に走る事がある。自力の人であるが稀代の人材コレクターでもあり、才能がある人間を見かけると矢も盾もなく手元に置きたくなる。自身は詩人として最高の資質を持ち、「矛を横たえて詩を賦す」という文武に優れた人であった。

ロックスター曹操と思わず形容したくなりますが、実に演劇的なドラマティックな性格だなあと思います。非常にリアリスティックな面と非常にロマンティックな面が同居し常に相克している。ここらへんが実にボノさんチックです(笑)

これに対して、劉備はどうであろうかというと、曹操がロックなら劉備パンクなんじゃないかと。うむ、強引だ。
パンクとはノー・フューチャー。明日の事は考えない。今この時が充実していればあとは野となれ山となれ。ところで「明日の事は思い患うな」と聖書にありますが、イエスも結構なパンクなお人なんじゃないかと思います。

劉備の前半生は流浪の連続で、その無計画さはまさにノー・フューチャー。後半生は諸葛孔明に支えられてなんとか皇帝になりましたが、配下の人みんなが反対していた夷陵の戦いで大負けに負けて「俺の息子がスカだったらお前が皇帝になって後を継いでくれや」と無責任極まる遺言を残して逝ってしまった、鬼神も逃げ出す劉備のテキトーさは、さてこれをパンクと言わず、なんと形容すれば良いのか。

先ほど、「今では劉備よりも曹操を贔屓にする人が多いだろう」と書いてしまいましたが、むしろ最近ではまた引っくり返って、ある意味近代的な曹操(ロマンティックなリアリスト)よりも、ポストモダン的な「パンクな劉備」が再評価されるんじゃないかと思います。
蒼天航路では、「侠者」としての劉備が描かれていましたが、さらにそれを一歩進めたアヴァンギャルド劉備が出てくるようなマンガが現れてくれることを期待しています。・・・え、孫権ですか?呉陣営はあまり良く知らないので・・・。あえて言うならヘヴィ・メタルメタラー孫権にも期待してます、はい。