賽ノ目手帖Z

今年は花粉の量が少ないといいなあ

知性改善論(16節~18節)

前回までの流れ「みんなで最高の善をゲットしよう!」



<16>しかしまずなによりも先に知性を矯正し、最初において可能な限りこれを浄化して、その結果知性が首尾よくも物を誤謬なしにそして出来るだけ正しく理解するようになる方法を案出しなくてはならぬ。ここからして今や人々は、私がすべての学を一目的一目標に、すなわち前述の、人間としての最高完全性へ到達することに向けんと欲しているのを看取し得るであろう。ゆえに、学にあって我々をなんらこの目的(目標)の方へ進めない分子はすべて不用として退けらるべきであろう。すなわち一言にして言えば、我々の一切の活動並びに思想はこの目的に役立つように働かさるべきである。


<17>しかし我々はその目的に至ることに努め、知性を正しい道に返すべく努力する間も、必然的に生活せねばならぬのであるから、そのゆえに我々はまずなによりも先に、次の如き若干の生活規則を善いものとして前提しなければならぬ。すなわち、

   1.民衆の常識に適合して語り、かつ我々の目標に達するに妨げとならぬことならすべて彼らの
    見解通り為すこと。けだし、出来得る限り彼らの見解に順応すれば我々はそれから少なから
    ぬ便益が得られるし、その上こうしておけば、我々が真理を説く際、彼らは喜んで耳を貸す
    だろうからである。

   2.悦楽は、健康を保持するに必要な程度においてこれにあずかること。

   3.最後に、生命と健康とを支えるに、及び国の諸風習――それらが我々の目的に反しない限り
    ――に従うに必要なだけ金銭その他の物を求めること。


<18>これらの規則を立てておいて、私はまずなによりも先に為すべき緊急時に、すなわち知性を改善して、それらが我々の目的達成に必要な様式で諸物を理解し得るようにすることに取りかからねばならぬ。このためには自然の順序として、私がこれまで疑うところなく物事を肯定し、もしくは否定するに用いたところの一切の知覚様式(認識様式)(modi percipiendi)をここに反覆することが必要である。これによって、すべての内の最上の様式を選択し、同時にまた私の力を、並びに改善されんとする本性を識ることが出来るであろう。



まだまだ続く・・・のだけれど、ここでは以上でお終い。お付き合い有難うございました。