賽ノ目手帖Z

今年は花粉の量が少ないといいなあ

さて、俺の嫁(メルクーリオ)の絵を拝見したワケだが

一応リクエストのほう完了しましたので、良かったら見てやってください^^(byリアさん)→■


ヒャホー、ありがとっス――!(北都の姉ちゃんっぽく)

まあ、アレですよ、絵心のある人は羨ましいねえ。絵でも音楽でも、詩でも小説でもマンガでも、美しいものを生み出せる人って、いいなーって思います。
ということで今回のお題は、「機工魔術士』(河内和泉)、もうちょっと褒めてみる?」です。


ワタクシ、「機工魔術士」は、暗記するほど熟読してるんですが、それでも飽きないんですね~。これはエラいと思います!

で、なんで飽きないのかな~と、つらつら考えてみますと、まず内容が豊富なんですね。
このテの作品は、えてして細分化とゆーか、特化とゆーか、とかく特定の顧客を確実にゲットするためか、内容が画一的な、単調なものになりやすいのですが(だから飽きる)、この作品はまー、主人公が、実にいろんなコトをしでかしてるんですな。

主人公が、「頼まれたら断れない」性格のためでもあるのですが、いろんな厄介事に巻き込まれてゆく主人公の姿が好ましいです(笑)
8巻のこの時点で、元木のことに文化祭のこと、フルカネルリにメルクーリオのこともあって、オマケにヤマトの特訓に、さらには武器の製作まで命じられて、なんかもう大変ですね。

などと、主人公がいろんなコトをやってる分、話がなかなか進展しなかったりするのですが、ワタシ的には全然オッケーです。なんでも雑誌の方では、ようやくフルカネルリと話ができたっぽいのですが、それって、6巻の頃から、やろうとしてたことだったんだよなあ・・・2004年の8月号の回だから、実時間で3年近くかかったのかあ・・・ドンマイ!


と、それはともかく、あとはアレですね。作品のテーマが、次第に深まってゆくところですね。
北都編のテーマが「時限のある中で結果出さなきゃいけない時、お前はそこまでして、なんかしたことあるか?」だったとすると、それは、「「他人に頼られてから頑張る」では、間に合わなくなることがたくさんある」というメルクーリオ編のテーマを継承したものですし、メルクーリオ編から、そういう深化が始まったのかな? いやいや、6巻のアドルフ編からかな?

ワタクシ、最初はアドルフを主人公のライバルみたいな関係に持っていくのかなと、邪推してたのですが(ユウカナリアと三角関係っぽくするとか)、どうもキャラが弱いと判断したのか、最終的に「友達、友達っ」という関係に落ち着かせたよーな気がします。アドルフってば、フルカネルリの力に興味を持ってたりするから、てっきりハルヒコのライバルになると思ってたんだけどなー。

結果としてアドルフに代わって、九重北都が主人公のライバルとして登場してきたのですが、河内和泉さん、楽しそうですねえこの回での二人の衝突とか、きっと大喜びで描いてるんだろうなあ。ワタシには分かる! あの本棚のエピソードとか、二人の立場を上手く対比させてるよなあ(→)。ちなみにタイトルの「Amor magister est optimus」は、ラテン語で「愛は最良の教師である」という意味らしいですな、ウム!(ウムじゃねえ)


この巻から、同じような得意分野、才能の動機を持って
全く異なる性質の二人の男の子の話に入りました。
どちらも頑張る子です。でも、違ってます。
相変わらず、どっちが正しいとかの答えは、ありません。


と、10巻の扉の言葉にありましたが、なんだか羨ましいです。『ハネムーンサラダ』(二宮ひかる)の、「ほんとうの事なんて、ひとつじゃないのに」ではないですが、本当に「ほんとうのこと」がひとつだけだったら、どんなにラクかなあって・・・ね?

たくさんの矛盾する「ほんとうの事」を抱えて、シンドク生きていくのが人生ってモンなんすかねえ。要するにモーゼもイエスムハンマドもみんな、ほんとうの事なんですよ。と、ムリヤリにCo-Existに持ってゆくと(笑)

いやいや、そうじゃなくって、マンガでも小説でもいいんですが、そういう相反する「ほんとうのこと」を、各々キャラクターに投影して、対決させてしまえるのって、すっげえいいなあって思うんですよ。
自分の裡なる葛藤を、マンガ世界なり小説世界なりに表現する、内面の問題を外面に表すって、すごくいいことだと思うんですよ。少なくとも独りでウジウジ悩んでいるより、よっぽどマシです(笑)

モチロン、マンガも小説もエンターティンメントなワケですから、自分勝手に内面をぶちまけられても困るのですが、自分の生きてきた人生の中から生まれる様々な悩みや悔恨や葛藤や思いを、エンターティンメントとして、立派な形式(フォーム)をもって表現された作品は、やっぱり美しい。


・・・ここで話をU2にもっていくのは、反則だよね? はい、今回はやめときます(笑)
ええと、そんなワケで、後半になるにつれ、テーマが深められ、シリアス度が高めになってゆくのですが、初期の頃の、横溢するユルユルモードも、ワタシは好きであります。

こういうノリとか、好きなんですが、このノリはなんだっけかなあと、脳内の過去データを検索してみたところ、アレですね、『めぞん一刻』(高橋留美子)ですよ。「五代くんは管理人さんをオナペットにしてる~」ってヤツですよ。「敵も味方もありません」「面白けりゃいーんだよ!」ですね。

恐らく、こんなネタを出してくることから推測して(ポートピア、懐かしす)、作者さんはワタシとほぼ同年代だと思うんですが、そういう「懐かしさ」みたいな気持ちもあるかもしれませんなあ。
高橋留美子で思い出しましたが、もうひとつ、このマンガの面白いと思った点は、主人公が、いかにも女性が描いたものだなあというところです。分かりにくいな。

ええとですね。つまり主人公は男なんだけど、非オトコ的な部分も多分に含まれているというワケで、そのキャクターがよく出来ていれば出来ているほど、その非・男性性が顕著になって、面白いんですよ。

ああ、分かりにくいなあ。実例を挙げると、『めぞん一刻』の五代くんとか、『敷居の住人』(志村貴子)の本田千暁とか、『蟲師』(漆原友紀)のギンコとか、『ぱペットレボリューション』(真伊藤)のコータとか・・・ま、ま、フィーリングで理解してください!(笑)

三原順のマンガの主人公も、ほとんどが男性なんですが、こちらも大変達者に描かれていて、感心するのですけど、それでもやっぱり女性が描いたんだなあと思わせるところがあって、それがいい(笑)

逆の場合ですと、一番面白いと思ったのは、『天使な小生意気』(西森博之)ですね。あれは素晴らしかった。西森博之さんは、非常に男性的なマンガ家さんだと思いますが、その人が、あんなキャラクター(天使恵)を描くのですから、そりゃもう、毎日が日曜日ですよ!(意味不明)


と、かえって分かりにくい事例を挙げちゃってますが、要は『機工魔術士』の主人公(ハルヒコ)を気に入ってるということですよ。ハルヒコという人も、いまだに家族が一人も登場しなかったりと、謎が多い人物なんですが、それは重要な伏線になるのかなあ。
4巻で「ユウカナリア=優香姉」同一人物説が唱えられましたが(あっさり否定されたけど)、むしろ「フルカネルリ=ハルヒ」同一人物説の方が信憑性が高いように思う。

優香姉を守るためにフルカネルリが作った人間・・・みたいな。うんまあ、ここらへんは続きを楽しみにしておきましょう。得意げに仮説をまくしたてて、後で思いっきり恥ずかしいコトになってしまいそうな気がするぞい!(笑)

しかしですね、「いずみっしょん2」の作者インタビューで、「実は第一話目以降のことはまったく考えてませんでした(笑)」と、衝撃発言が載ってましたが、うそーん、じゃ、じゃあ、あのMDプレーヤーの伏線とか、何も考えてなかったの~!?

ワタクシ、てっきり最初から展開をきっちり考えて連載を始めたのかと思ってましたが、どうやらそうではなかったらしいっす。ちょっとビックリでしたが、河内和泉さんが、どう後付けしてくか、それも楽しみにしておきましょう(笑)


ええと、とりあえず、こんなところかな。
改めて、リアさん。リクエストに応えていただき、ありがとうございました~。m(_ _)m